1. 日本と中南米諸国の関係する多国間・二国間協定の概観
前号では、TPPの現状と今後の展望をみてきました。TPPは米国の撤退表明があり、発効の目途が立っていませんが、日本と中南米諸国をつなげる経済・貿易協定は他にもあります。それぞれの協定に加盟する国を下表に整理しました。
TPPは前号で取り上げたので割愛し、ここでは主に「ラテンアメリカ・カリブ研究所レポート トランプ政権とNAFTA再交渉:メキシコはどう応えるのか?(上)(下)」(ラテンアメリカ協会)からの情報のうち、筆者が特に注目するところを引用し、太平洋同盟、NAFTAそれに日本と中南米諸国との経済連携協定を概観してみます。
太平洋同盟は、メキシコ、コロンビア、ペルー、チリの4カ国の参加の下、2015年7月に発効し、その後「追加議定書」が2016年5月に発効しました。「追加議定書」では、関税が漸次的に撤廃されるだけでなく、プロフェショナルサービス、金融、海運、通信、電子商取引サービスなど、新しい分野での自由化を含んでいます。原産地規則(Rule of Origin: ROO) 1)の簡素化とその統一を図ります。また、加盟国間の文化の親和性、言語、地理的条件からすると、サービス部門での輸出が期待され、特にペルーとチリでは、エンジニアリングとプロフェッショナルサービスの輸出が期待されています。加盟4カ国の名目GDPは2013年で2兆2,000US$、人口は2,170万人の潜在市場で、一人当たりGDPは16,600ドルになります。その太平洋同盟との関係強化に大きな関心を持つニュージーランドとオーストラリアは、同盟と貿易協定(FTA)を締結する姿勢を固めています。
さて、日本はメキシコ、ペルー、チリと個別に経済連携協定(Economic Partnership Agreement: EPA)を締結済みであり、コロンビアとは交渉中です。これら既存のEPAを束ねて、規則・ルールを一律化することは日本にとって有益とみられます。なお、多国間協定が締結されても2国間協定で付与されている特恵が無効になるわけではなく、いずれを利用するかは各企業の選択に委ねられます。
2. NAFTA再交渉の周辺
北米自由貿易協定(North American Free Trade Agreement: NAFTA)は、米国、メキシコ、カナダの3カ国で1994年1月に締結された自由貿易協定で、その再交渉がマスコミを賑わせているのはご存じのとおりです。加盟3カ国のGDPは約20兆ドル(2015年)であり、欧州連合を上回る世界最大の「自由貿易圏」です。発効後の20年間に、3カ国の貿易、投資、経済的相互依存は劇的に進展し、現在約200万人の米国人の雇用が対メキシコ貿易に依存しているといわれます。
再交渉の背景で激論となっている問題は、米国での雇用の喪失と、生産が低賃金の労働者に移ったことによる賃金の減少です。しかし、それらの問題には、①NAFTA発効前から見られた長期的で根強い労働者の減少傾向、②機械化・自動化の急拡大、③中国が世界貿易機関(World Trade Organization: WTO)に加盟してからの中国製品の輸入増など、その他の要因もあるため、一律にNAFTAに原因を求めることはできないと指摘されます。製造業では、雇用損失の主因は生産性の向上と技術革新にあるとの見解が一般的であり、例えば1990年代初頭に比べて、現在に同じ生産量を求めるのに必要な従業員数は約半分になっているといいます。トランプ大統領が選挙に勝利した大きな理由は、長らく無視されていた貿易自由化の「負け組」に目を向けたことともいわれますが、NAFTA再交渉をもってしても新たな勝者と敗者を生むことが予想されています。米商工会は再交渉に関するコメントを控え気味で、それは導入が検討されている輸入税と法人税の軽減について、負担する企業と恩恵を受ける企業の間に大きな溝があることが反映されているといわれます。また、トランプ大統領は、米国が締結しているFTAが同国にとって有害とする見解を示していますが、米国の貿易収支はFTAを締結していない日本およびドイツとは赤字、また非FTA締結国である英国とブラジルとは黒字を計上しており、FTAと米国の貿易収支に相関性が認められません。
再交渉について、内外で非難の声が目立つ議論が続いていますが、トランプ大統領が世界貿易のガバナンスの重要性を理解して強硬姿勢を弱めるのではないか、とみる専門家も少なくないようです(私もこっちの見方を支持します)。いずれにしても、自由貿易協定の大幅な変更は前例がなく、また非常に複雑で時間がかかるそうです。そして、気になるのは再交渉後のNAFTAを「雛型」にして、日本などとのFTA交渉を行う可能性があると指摘される点です。
前号、今号では、日本と中南米諸国の関係する多国間・二国間協定の現況を文献から見てきました。これは、あらゆるセクターの中小企業の皆様が中南米に進出する上で大きく関係するものと考えます。次号以降、中南米地域でのインフラ需要の現状(3回シリーズ)をみていくとともに、その需要へのアプローチの道筋として「サービス貿易の自由化」について取り上げていきます。
1) 関税政策等において,その適用・不適用が物品の原産地に依存する場合, 原産地規則を用いて原産地を決定する.例えば,経済連携協定では、迂回輸入を防止し,適切にEPA税率を適用するために,原産品であることを認定する基準や税関への証明・申告手続等に原産地規則が規定されている.
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