前号と前々号では、中南米への進出とその後の水平展開に向けた拠点候補として、マイアミ、パナマ国などと各論あることを紹介いたしました。今号では、私の持論となる進出拠点としてのペルー国首都リマ市についてお話させて頂きます。
1. ペルー国のポテンシャル
ペルー国は、本コラム11月7日号でご紹介したとおり、最新の世界のビジネス環境ランキングでは世界58位、中南米3位の位置にあり、今後の経済成長率の相対的な高さが注目されています。在ペルー国日本大使館は、「ペルーの経済情勢(2017年9月)(平成29年10月20日掲載)」1)において、”IMF2)は10月に公表した「世界経済の展望」の中で,ペルーにおける2017年の経済成長予測は2.7%,2018年同率予測は3.8%と述べた。2018年の同率は,南米諸国中ペルーが第一位であり,IMFは,ペルー政府は気候変動に関連した災害からの復興の必要性への対応のため,例年とは異なる財政政策への舵を切ったと評価している。”と月報しています。IMFの資料3)を確認したところ、確かにペルーにおける実質GDP成長率予測は2017年:2.7%、2018年:3.8%なのですが、2018年の成長率予測では、ボリビア、パラグアイに次いで南米第三位というのが正しいところではないかと、僭越ながら思われます。いずれにしても、日本(2018年予測:0.8%)、米国(同2.4%)などと比較すれば、高い成長が期待されていることに違いはありません。何といっても国土面積は日本の約3.4倍、人口増加率1.258 %/年 (2015-2016)には、中南米での拠点としてだけではなく、当国そのものの開発にビジネス機会が期待されます。
2. 日本とペルー国との関係性
本コラムで幾度か取り上げているTPPは、米国抜きのTPP11(正式名称:包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ(Comprehensive and Progressive Agreement for Trans Pacific Partnership: CPTPP))として、2017年11月10日に大筋合意が参加国間で確認されました。TPPには日本とペルーも参加しているのですが、これにより日本企業は加盟国への輸出拡大や相手国市場への新規参入・事業拡大の機会が広がり、また域内市場の一体化が進展することにより、モノやサービス、人、資本、技術、情報が活発に交流し、日本経済を活性化させることが期待されます4)。
日本とペルーとの外交は比較的古く、日本が最初に国交を結んだ(明治5年1、1873年)中南米国がペルーなのであり、日系ペルー人は約10万人とされます。これは明治以降の移民の子孫のみではなく、江戸時代初期には既に日本人が入植していたので、その末裔も含まれるでしょう。明治時代にペルーへ移民した福島県大玉村出身の野内与吉氏は、マチュピチュ村の村長(1948年任命)5)として地域の発展に寄与してきましたし、日系移民出身のフジモリ氏が大統領(任期:1990年―2000年)になったのもペルーにおける日系社会の影響力の現れでしょうか。また、先住民が国民人口の約45%を占めるペルーですが、その先住民の先祖は、もともとはシベリアのベーリング陸橋(当時は地繋がりだった)を経由して渡ってきたアジア人だったという説が有力6)で、なんだか日本人と顔が似ています。
どうも話が少し横滑りしてしまいました。次号、アクセス性と人材調達の視点からペルー国の拠点としての適性を分析していきます。
1) http://www.pe.emb-japan.go.jp/itpr_ja/00_000684.html
2) 国際通貨基金(International Monetary Fund: IMF)
3) World Economic Outlook, October 2017, World Economic and Financial Surveys, IMF. (https://www.imf.org/en/Publications/WEO/Issues/2017/09/19/world-economic-outlook-october-2017)
4) 「大筋合意に至ったTPP11, 包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ協定」、みずほ総合研究所、2017年11月13日.を引用、一部要約。
5) 「世界遺産マチュピチュに村を創った日本人」編者野内セサル良郎、稲村哲也、2016.
6) 「物語 ラテン・アメリカの歴史」増田義郎著、1998.
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